はじめに

3.11は一生忘れられないです。

陸前高田市に居た家族が被災しました。

あの日の大地震直後、「大津波警報が出た」とのメールを境に家族と連絡が取れなくなりました。
覚悟しながらも、安否情報を探し続ける日々。そんな中、陸前高田を取材していたある報道記者のご厚意で家族からメッセージが届き、家族の無事を確認しました。

実際に会えたのは3週間くらい後でした。

私の家族は幸いにも無事でしたが、親戚も多く亡くなりました。私以上にツライ思い、経験をした人たちのことを考えるといつも胸が痛みます。

平穏無事な日が突然消えてしまう。なんの予告もなく、消えてなくなる。こんなことが現実に起きてしまったのです。

5か月を過ぎたある日、家族がこんなことを言い出しました。要約すると、
「日本はもとより、世界中からたくさんの支援が毎日ある。避難所に居た時も本当にいろんな方々が助けてくれた。
亡くなってしまった方々を思うと悲しくなるが、今までお世話になったことを思うと感謝の気持ちでいっぱいになる。
支援してくれた多くの方々にも感謝の気持ちを伝えたい。それに偶然にも生き残ったのだから、残された者として何かできないか。」

そこで、被災した家族と一緒に今どんな支援ができるか考えました。

まずは、家族が震災前からお世話になっていた、陸前高田市の子育て支援施設「きらりんきっず」へ支援することを考えました。
パンフレットの作成や子供たちへのTシャツプレゼントから始まりました。その後、グッズ制作と販売をし、制作費等を除く全額をきらりんきっずを運営している「気仙子育て支援ネットワークWa-I」へ寄付しました。
(※震災一年を機に、グッズの収益はプロジェクトの運営費及び陸前高田の子供たちの為に活動する方々等に寄付・寄贈と変更いたしました。)

陸前高田市の知人や友人たちなど、たくさん方々から多くのご要望を伺い、それに応える為、「ありがとう りくぜんたかた」プロジェクトを発足し、活動の場を少しずつ広げています。

私にできることを今後も考えながら続けて行こうと思っています。

平成24年3月11日
大内 裕史